今日は転職時に会社から提出を求められる”誓約書”のお話です。当職事務所にある相談が持ち込まれました。「数か月前に別の会社を退職した求職者を採用したいが、採用予定者から前の会社に『競業する会社に就職しない』との誓約書を提出したと言われた。前の会社と当社は同じ事業を行っている。競業するので新規採用はできないだろうか」。この質問に対して、どのように答えればよいのでしょうか。悩みどころです。
私は社会保険労務士であり、顧問先の就業規則には「退職時には競業避止を約束する誓約書の提出」を明文化するよう助言しています。会社を防御するための事前の措置です。その一方で、社長ら経営幹部には「心理的にプレツシャーをかける意味合いが高く、同業他社に入社したからと言って損害賠償等の請求は実質的には困難です」とも伝えています。何故、相反する助言と説明をしているのでしょうか。その意味を考えてみたいと思います。
特別な能力が技術、スキル等をもった人財が退職し、日頃から競合している競争相手に入社したとなれば、会社はある程度の損失を被ることが予想されます。その金額は不明だとしても、「恐れあり」と感じれば、事前に対策を講じておくことは当然でしょう。それが、就業規則への明文化や誓約書の提出を要求するという行為につながります。
誓約書の提出は民民間での約束事です。日本の法律(私法)では私的自治の原則というものがあります。私人間の契約に公権力等は極力立入らないという原則です。当事者の選択、意思を優先させるのです。契約自由の原則とも言われます。誓約書の提出はその意味では適法性は高いと考えられます。
しかし、元社員は新たに就職先を探して仕事をし、その就職先から給与をもらわないと生活は行き詰まることにらなります。そこで、誓約書の提出に関して無制限に私的自治の原則を適用すると、弱い立場の元社員は甚大な不利益を被ることになります。会社の利益と元社員の不利益とのバランスをどう取ればよいかという考え方に行き着きます。
そこでバランスのとり方を考えてみましよう。第一に、制限が課せられる期間です。過去の裁判例でも最長で1年を可とした例があるようです。1年超の期間は民法90条の公序良俗違反として無効となる可能性が極めて大です。第二に、相当な対価の支払いがあったかです。元社員は生活を維持するために仕事をしなければならない。身に付けたスキル等を活かせるのは元職場と同じような仕事でしよう。その「同じ仕事に就くな」と会社は主張するのですから、相当な額の退職金の支払いがあってしかるべきです。退職金等対価の支払いなく、「同じ仕事に就くな」では憲法第25条で保証されている最低限の生活を営む権利を侵害する可能性が大です。また憲法第22条の職業選択の自由も不当に束縛していると思料します。
第三に、元社員の能力等がそれほど高くない場合でも、「同業他社に就職するな」は行き過ぎな要求だと思います。高い能力等を同業他社で発揮されると、会社の事業に影響を与えるという証明を会社はできないといけません。第四に、場所・地域・エリアも重要です。同一県内での禁止としても、県南に営業拠点がある会社が、元社員が県北の会社に就職することさえも許さないというのはダメでしょう。競合する可能性が極めて薄いからです。
以上4項目をざっと挙げてみました。「損害賠償をする」と脅し文を入れていても、会社が損害を受けたという証明を会社がしなければなりません。不法行為に基づく損害賠償事件では立証責任は主張する側がしなければならないからです。
こうして考えると誓約書の重要性は地に落ちてしまいます。それでも私は会社側社労士の立場から、就業規則での明文化と誓約書の提出を助言します。会社の安定的な成長と在職社員らの生活を防御する手段として必要だと考えているからす。