北京オリンピックが開催されています。メダルを獲得した選手、残念な結果に終わった選手、コロナ検査で陽性となり出場できなかった選手等々、大会では毎日悲喜こもごもの感情が渦巻いています。最後まで日本選手の活躍に期待し、大いに応援したいものです。
女子ジャンプの高梨沙羅選手が団体戦で失格処分を受けたことも不可解ですが、もっと不可解な事件が起こりました。それはオリンピックの華でもある女子フィギアスケートで起こりました。ROCのワリエワ選手のドーピング疑惑です。疑惑から陽性へと変わった後に、今度は本試合に出られるか否かでIOCらの関係者はすったもんだの大騒ぎです。昨日(2/14)にスポーツ仲裁裁判所が出場を認める裁定を下しました。その理由が「16歳未満で要保護下にある」というもの。これは「えっ」という内容だと思いませんか。
そもそもドーピングはしてはいけない、やらせてはいけないものなのです。随分前になりますが、NHKでドーピングをしていた東独の女子選手が性転換し男性になったという報道を観ました。禁止薬物を接種すると、後年度に身体や精神に異常をきたす可能性が高く、スポーツの世界から禁止薬物接種の風潮を追放しようとスポーツ界では長年努めてきたはずです。
ワリエワ選手はまだ16歳にもなっていません。禁止薬物接種は年齢に関係なく禁止すべきです。よって各大会主催者は抜打ち的に検体を採取し、世界反ドーピング機関(WADA)へ年齢に関係なく提出しているのだと思います。同選手が今大会に出場したとしても、他の薬物を接種する可能性があり、16歳以降成人になってから心身の故障が発生しないかとても心配です。
とまあ、今回のオリンピックを始め最近のオリンピックでは商業主義がまん延し、スポーツの祭典という部分が希薄化しているように思います。各スポーツ団体では国際大会が別途開催しており、全ての種目を一か所かつ一定期間集めて大規模に開催する必要はあるのでしょうか。昨年の2020東京オリンピックの収支決算の報告がまだありませんが、大きな赤字を計上したことは間違いなてじょう。
「政治とは無関係」とは言いながらも外交的ボイコットという言葉が表すように、オリンピック開催国に諸外国の首脳が一堂に集まり、開催国の首脳が会談を行うのは当たり前となっています。これがスポーツの政治利用ではないとの主張はまさに滑稽でしかありません。
19世紀末に始まった近代オリンピックは、既にその使命は終わっていると言えないでしょうか。夏や冬のオリンピックで日本選手が大活躍している姿を観たいのはやまやまですが、IOCが商業主義から決別しない限り、もうオリンピックは挙行しない方がよいのでは思う今日この頃です。